先日、天気のいい週末に奈良県天理市にある石上神宮(いそのかみじんぐう)に行ってきました。

場所で言うとここですね。
山あいの緑が茂るご神域に鎮座されているわけですが、なぜか千葉県香取市に鎮座する香取神宮と場の雰囲気が似ている気がしました。

主祭神は布都御魂大神(フツノミタマノオオカミ)です。

先述の千葉の香取さんの祭神は経津主大神(フツヌシノオオカミ)なわけですが、石上さんの主祭神もまた布都御魂の剣をご神体とする同じ神様のようです。
フツヌシノオオカミという神格は、雷の武神であるタケミカヅチノオオカミが持っていた刀が本体であるとか諸説あるようです。個人的には刀剣がものを切り落としたときの音を「フツ」という擬音で象り、その働きそのものを神格としたという説が気に入っています。
ただ、石上さんは元来、大昔の武家氏族である物部氏の武器庫があった土地のようで、有名な七支刀(ななつさやのたち)もここから出土したそうです。物部氏と、(タケミカヅチノオオカミを奉ずる)中臣氏(のちの藤原氏)は仲が良かったことが知られているそうなので、戦に望んでは互いに兵力を融通しあう仲だったのが神話として残っているのかもしれません。

で、境内を進んでいくとなぜかニワトリが放し飼いにされていました^^;
鶏は神道でいえばお伊勢さんの神使だったはずなんですが、石上(いそのかみ)の名は伊勢神宮の古名とされる「磯宮(いそのみや)」と似ているのがWikipediaで指摘されてます。

鳥居からまっすぐ入って進むと、楼門が右手奥(間違えましたm(_ _;m)左手奥に見えてきます。

楼門の前を横切って、奥から臨むとこんな感じです。
そして拝殿へ。

風格のある古社といった風情でしたが、拝殿の奥にはかつての武器庫が「禁足地」と呼ばれて広がっていて、大正初期にその上に本殿が作られたそうです。
この地の氏族であった物部氏が後に「もののふ」へと通底していくわけで、その原風景が神域で守られているのかな、と愚考していました。
刀剣がご神体ですし、武道を納めようとする人にはご利益がありそうです。また、もともとが武器庫らしいので、某F○teのアンリ○テッド・○レイドワークスを修めようとする人にもいいのかも知れません(を
いや、でも清々しい境内でしたよ^^

場所で言うとここですね。
山あいの緑が茂るご神域に鎮座されているわけですが、なぜか千葉県香取市に鎮座する香取神宮と場の雰囲気が似ている気がしました。

主祭神は布都御魂大神(フツノミタマノオオカミ)です。

先述の千葉の香取さんの祭神は経津主大神(フツヌシノオオカミ)なわけですが、石上さんの主祭神もまた布都御魂の剣をご神体とする同じ神様のようです。
フツヌシノオオカミという神格は、雷の武神であるタケミカヅチノオオカミが持っていた刀が本体であるとか諸説あるようです。個人的には刀剣がものを切り落としたときの音を「フツ」という擬音で象り、その働きそのものを神格としたという説が気に入っています。
ただ、石上さんは元来、大昔の武家氏族である物部氏の武器庫があった土地のようで、有名な七支刀(ななつさやのたち)もここから出土したそうです。物部氏と、(タケミカヅチノオオカミを奉ずる)中臣氏(のちの藤原氏)は仲が良かったことが知られているそうなので、戦に望んでは互いに兵力を融通しあう仲だったのが神話として残っているのかもしれません。

で、境内を進んでいくとなぜかニワトリが放し飼いにされていました^^;
鶏は神道でいえばお伊勢さんの神使だったはずなんですが、石上(いそのかみ)の名は伊勢神宮の古名とされる「磯宮(いそのみや)」と似ているのがWikipediaで指摘されてます。

鳥居からまっすぐ入って進むと、楼門が

楼門の前を横切って、奥から臨むとこんな感じです。
そして拝殿へ。

風格のある古社といった風情でしたが、拝殿の奥にはかつての武器庫が「禁足地」と呼ばれて広がっていて、大正初期にその上に本殿が作られたそうです。
この地の氏族であった物部氏が後に「もののふ」へと通底していくわけで、その原風景が神域で守られているのかな、と愚考していました。
刀剣がご神体ですし、武道を納めようとする人にはご利益がありそうです。また、もともとが武器庫らしいので、某F○teのアンリ○テッド・○レイドワークスを修めようとする人にもいいのかも知れません(を
いや、でも清々しい境内でしたよ^^
